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ドッキリ!実話

現代のモナリザは

― 狙われた医大生 ―

 ぼくがもし画家だったなら、現代のモナリザを描くのに、まちがいなくユキミさんをモデルにするだろう。
 最初に彼女がぼくの法律事務所を訪れたときの、まるでダ・ヴィンチの絵から抜け出してきたような優雅さと身のこなしのしなやかさを、ぼくは今でも思い出す。
 ふくよかな胸をやさしく包みこんだ絹のブラウス。バラ色のルージュをつけた口許から真っ白な歯がのぞき、二重瞼の瞳は北欧の湖のように澄んでいる。彼女の容貌のどれひとつをとっても、男をとりこにせずはおかない。
 そのユキミさんをもてあそんだうえ、捨てるなんて、ヒロシは許しがたい男だと、ぼくは思った。ユキミさんの紹介者であり、彼女をぼくの事務所に連れてきた興信所の畑さんも、同じように怒りをぶちまけた。

「男の風上にもおけないようなこんな奴からは、裁判でも何でもおこして、とるものをとってやって下さい」

 畑さんはそう言った。

「このままではあんまりです」

 とユキミさんも言った。

 そのときの、悲しみをまぎらすかのような彼女の美しい微笑みを見て、ぼくは正義感をかりたてられたものだ。

 医師の国家試験に合格したヒロシが、医大のそばの喫茶店で、アルバイトをしていたユキミさんと知り合ったのが2月。3日後には、ヒロシのマンションで同棲生活に入り、3月初めにはヒロシが結婚を申し込むという進展ぶりだった。
美人のユキミさんの心をすばやくつかんでしまったのだから、ヒロシも彼女からみて魅力があったのにちがいない。
23歳のユキミさんは、自分が高卒の歌手の卵にすぎず、

「お医者様の奥様になるなんて、私にはもったいないわ」

 と辞退さえした。
それに、

「郷里で病院を経営するあなたのご両親が、反対なさるわよ」

 とヒロシに結婚を諦めさせようろさえしたのだ。
ヒロシは、そう言われてかえっていじらしくなり、

「親父なんか、反対したっていいじゃないか。ボクは立派な医者になって、きっと君を幸せにしてみせる」

 と言いきったという。
その話を聞いたとき、ヒロシは今どきの若い男にはめずらしく、なかなかに男気のある奴かとぼくは思った。
父親が買ってくれた青山の高級マンションに住むヒロシは、自宅でユキミさんの誕生日パーティーを開き、招いた友人たちに、ユキミさんをフィアンセとして紹介するほどの熱の入れようだった。友人たちももちろん2人を祝福した。
そこまでいうのならと、ユキミさんも本気で彼との結婚を考えた。
どうせなら、結婚式は早いほうがいい。この6月に式をあげよう。
2人の間で、そう約束した。
ユキミさんは、予定していたレコーディングの仕事もキャンセルして、結婚の準備を始めたのだ。

 3月末に、ヒロシは1人で群馬県の実家へユキミさんのことを報告に行ったが、もどってきて以来、ヒロシの態度が冷たくなったという。
4月に入り、ユキミさんが妊娠したとわかるや、ヒロシはユキミさんをなじるようになった。

「どうして避妊しなかったんだ。できちゃったのなら、自分で勝手に始末してくればいいじゃないか」

 と。
自分が避妊しなかったのを棚にあげて、彼女を責めることしきりであったらしい。
折も折、ヒロシの母親が上京するというので、ユキミさんはヒロシのマンションから追い出されるはめになった。彼女の衣類は、宅急便で彼女のアパートに送りつけるというあわただしさだった。
2人が別居してからも、ヒロシは子供のことが相当気がかりだったのだろう。
産みたいと言ったユキミさんを、ヒロシは乱暴にも車に乗せ、自分の医大の産婦人科に連れて行って、むりやり中絶手術を受けさせてしまったのである。
ヒロシが心変わりしたのは、父親より母親に猛然と反対されたからだった。

「高卒で歌手の卵だなんて。そんな芸能界ずれした女は、大病院の跡継ぎの嫁にふさわしくありませんよ」

 母親は言下にそう言ったという。
母親に溺愛されて育ったヒロシには、母親がこの縁談に反対することはわかっていたし、それに刃向かうつもりもなかった。
要するに、はじめから遊びだったのだ。

 彼女からヒロシにあてた手紙の控えが、いまもぼくの手許に残っている。
それには、破談にされたことの恨みと胎児を失ったことのせつなさが、切々とつづられており、しめくくりに、せめてお金で償いをしてほしいと記されている。
要求額は1000万円になっていたが、ヒロシからは何の連絡もなかった。
ぼくが彼女に同情したのはいうまでもない。畑さんのいうとおり、こんなマザコン野郎は徹底的にうちのめして、彼女のために慰謝料をふんだくってやろうと思った。

 家庭裁判所の調停の席に、ヒロシは、ミラ・ショーンのマークが入ったセーターを着てやってきた。身長175センチ以上はあるがっしりした体格をしているが、27歳という年齢にしては、ひどく童顔に見える。
調停を申し立てるまえに、ユキミさんは、

「先生、最低500万円は取ってくださいね」

 とぼくに言っていた。

「こんなボロボロのからだにされて、犬コロみたいに捨てられて、アタシくやしい」

 涙ながらにユキミさんが語った言葉が、ぼくの耳からはなれない。

 調停の席にでても、ヒロシは置物みたいにちょこんと坐っているだけで、たずねられない限り、自分からはひとことも発言しない。
肝心の金の問題になると、

「50万円くらいならいいけど、それ以上なら、ママに聞いてみないと」

  と逃げてしまう。
2言目には「ママ」がでるのが、ヒロシの口ぐせであった。

 半年に及ぶこの調停がようやく解決をみ、ぼくの事務所で、ヒロシからとった300万円の慰謝料をユキミさんにわたしたとき、彼女は、心の傷をいやすため、2、3年、アメリカへ歌の勉強に行くつもりだと言った。

 それから3カ月ぐらいしたときだったろう。銀座4 丁目の交差点でばったり出会った畑さんから、こんな話をきかされた。

「実は、最近知ったんですが、彼女、医者の卵から慰謝料をとるのが、あの件で3回目らしいんですよ。前の2回は、2回とも500万円とったようです」

 まさか、と思いながら、ぼくは畑さんにたずねた。

「だって彼女、今回は本気で結婚したかったんじゃないですか。子供だって産みたかったと言っていたし」

「いゃあ。ほんとに産みたかったのかどうか。あの男が強引に病院にひっぱっていかなかったら、いずれ自分で行ったでしょうね」

「ええ?」

「結婚にしたって、彼女としては最初から期待していなかったようですよ。もっとも、相手が医者の卵ですから、男が本気になれば玉の輿というわけですが。アメリカに行くというのも真っ赤な嘘で、私自身、ついこないだ彼女に会って実情をきいたばかりです。どうも食えなくなると、医大のそばで網を張るらしいんですね。いま4人目の医大生とつき合っているそうです」

 あの清楚なユキミさんが・・・・・・
ぼくは歩道の真ん中につったったまま、通行人の邪魔になるのも気づかず、和光の屋上にある時計塔を呆然とみつめていた。

(完)

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