ドッキリ!実話
日弁連と紛セ
― 話し合いはどこでやるのが得か ―
被害者と保険会社との話しあいが決裂した場合、解決のためには必ず裁判をおこさなければならないわけではありません。
裁判所以外の別の機関に、示談の斡旋を頼むこともできます。この機関には2つあります。日弁連交通事故相談センターと交通事故紛争処理センターです。ここでは略して、日弁連と紛セと呼ぶことにしましょう。
ともに各センターの担当弁護士が双方の言い分を聴き、証拠がでそろったところで示談の斡旋案を示します。斡旋案の金額で双方が納得すれば示談が成立します。納得しなければ決裂となりますが、そのあとの手続きが若干ことなります。
斡旋が不調になった場合、紛セでは審査会に審査を求めることができます。審査会が下した「裁定」に損保とJA共済、全労済は拘束されます。被害者は拘束されません。この結果、被害者が承認すれば損保と前記2つの共済は支払いを強制されることになります。裁判所の判決と事実上同じ効果をもたらします。ただ相手が損保や前記共済ではない場合には、紛セでは拘束力がありません。
日弁連でも斡旋が不調に終わった場合、相手が特定の共済なら審査委員会にまわすことができます。損保はだめです。全労済、教職員共済、JA共済など5つの共済のどれかに加害者が加入している場合にかぎります。タクシーやトラックの共済は含まれていません。審査委員会がだした「評決」に5つの共済は拘束されることになっています。紛セの審査会と同様の機能を果たしているわけです。
では相手が損保のときは紛セへ、特定の共済のときは日弁連へ示談斡旋を申立てるのがつねに有利かといいますと、いちがいにそうもいえません。
日弁連では申立てのときから1か月前後前後で第1回の斡旋期日が決まります。紛セの場合には、申立てに赴くための期日そのものが、4か月から5か月ぐらい先でないと入りません。時間がかかるのが紛セの難です。改善すべきだと思います。ともかく金額より早期解決を望むなら日弁連、時間がかかっても損保をギャフンといわせたいなら紛セということになるでしょう。
ひどい鞭打ち症と腰痛に悩まされ、3年近くも通院をつづけた若い女性がいました。相手の損保が支払いを渋ったため、私は彼女の代理人として紛セに申立てをしました。こちらの要求額は600万円、相手の損保の提示額は240万円です。
7、8回交渉を重ねました。この間に私の方は要求額を600万円から500万円に、500万円から450万円にまで下げました。相手損保は逆に、240万円を300万円に、300万円を350万円にまで上げました。450万円と350万円とでは、まだ100万円もの開きがあります。
ここでセンターの嘱託弁護士から示談の斡旋案が示されました。双方とも400万円で和解したらどうかといいます。私の方はそれを呑みました。ところが相手損保は呑まないというのです。390万円が限界だといって譲りません。交渉も大づめにきていました。開きはわずか10万です。ここまできますともはや理屈ではありません。意地の問題です。
この損保は査定がきびしいことでつとに有名でした。紛セの嘱託弁護士の何人かは、相手がこの損保と聞いただけで眉をひそめ、示談折衝が難航することを予想します。ほとんどの場合、予想は的中します。
東京の紛セは、西新宿の高層ビルのなかにあります。相手損保もそのすぐ近くに豪壮な本社ビルを構えています。バブル経済の時代に、同損保は創業100周年の記念行事の1つとして、ゴッホの「ひまわり」を53億円で落札しました。
「油絵1枚に50億もの金を投じるくらいなら、その金を被害者救済にあてるべきではないですか。400万円が呑めないっていうなら、当方は審査にまわしてもらいます」
相手損保の20代の担当者に私はそうつめよりました。
「私も絵に50億円ものお金をかけるくらいなら、社員の給料をあげてくれといいたくなるんですがね……上司がなかなか『うん』といわないんですよ」
上司の強硬な姿勢に、彼も板ばさみになっているようです。
いらいらした様子で、仲介に入った嘱託の弁護士が相手の社員に引導をわたします。
「上司の方はいま会社にいるんでしょ。申立人(被害者)が審査にまわしてくれというのならまわすしかないと、電話で上司の方に伝えて下さい。審査にまわした場合、おたくの主張が通る公算は少ないと思いますがね。時間があるならその上司の方にこの場へ来てもらってもいいですよ。歩いて3、4分なんだから」
彼は席をはずし、思いのほか長く電話してもどってきました。ハンカチで額の汗をぬぐっています。
「やっとOKをとりつけました。400万で了承します」
彼は損保の社員ですが、上司と自分との間に距離をおいているようなしゃべり方をします。彼も内心、苦しいのだろうと私は思いました。
紛セでは「審査にまわす」というのが、損保への無言のプレッシャーになっています。そのようなプレッシャーをかけないと、簡単には支払いを承諾しないのがこの損保の体質でした。
(完)