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交通事故弁護士・加茂隆康の情熱実話 「医療調査」-2 《治療費をめぐる対立》

2017.04.17

「医療調査」-2
加茂隆康著「交通事故紛争」(文春新書、2003年刊)より
 
治療費をめぐる対立
 
 私は野々村貞さんから依頼をうけました。婦人の代理人弁護士としてY損保との交渉に臨みます。
 Y損保は査定がきびしいことで有名です。弁護士が入り、でるところにでて第三者をまじえないかぎり、まず話はつかない。そう判断した私は、日本弁護士連合会交通事故相談センターへ示談斡旋を申立てました。

 交通事故に伴う私の方の請求額は、630万円です。このなかには、整形外科と接骨院の未払い治療費約178万円が含まれています。治療費を除きますと、婦人の手取り分として要求する金額は約450万円です。これに対し、Y損保の担当者は次のように主張してきました。
 治療費の金額が高すぎる。接骨院分はよしとしても、整形外科分が高すぎる。整形外科の治療費については、病院に対し医療調査をしたうえで考えたい。治療費をひとまず別にして、いま被害者に支払える金額は、100万円が限度だと。

 どうしてこんなに差が出るのか。
 頸椎捻挫との診断をうけた婦人は、実際には10か月通院しています。最初30日ぐらい接骨院で施術をうけ、そのあと9か月、整形外科で治療をうけています。この治療のうち、Y損保では、最初の3か月分(すなわち、接骨院での1か月分と整形外科での2か月分の治療費)しか認めようとしませんでした。

 認めないというのは何を意味するか。
 それは最初の「3カ月分」の治療費、通院交通費、慰謝料は認めるものの、4カ月目以降のそれらは一切払わないということです。
 理由をY損保の担当者は、書簡のなかで次のように説明しました。
《 この交通事故は軽微な追突事故です。従って、けがは3か月で治る“はず”です。治らなかったとしても3か月で『症状固定』になっている“はず”です。》
《 交通事故のあと、13日間も病院に行っていないというのが不自然です。本当に体の具合がわるければ、旅行など続けないで旅先の病院にかけこんでいるはずではないでしょうか。つまり、3か月間は仕方ありませんので交通事故と治療の因果関係を認めますが、4か月目以降は因果関係はないと判断します。》
 
 ここで「症状固定」というのは説明を要するでしょう。交通事故の被害者が治療をつづけていても、めだった改善がなく、かといって完治もしていないといった状態が来ることもあります。むち打ち症であれば、牽引をしたり鍼をうったりしているのに、どうも後頭部が痛いとか、天気が悪いとめまいや吐き気がおさまらず、鬱陶しい気分がいつまでもつづくといった状態です。このように、症状が横ばいのままかたまってしまった状態のことを「症状固定」と呼びます。
 「症状固定」したということは、交通事故による後遺障害がでたことを意味します。もっとも、その程度が軽く、自賠責の認定基準にすら達しませんと、自賠責(実際に認定するのは損害保険料率算出機構)では後遺障害等級に該当しない(これを「非該当」といいます)として、はねられてしまいます。等級に該当するしないはともかく、「症状固定」の診断が下りますと、理論上は後遺障害が発症したと考えます。
 
 人身損害は、「症状固定日」をさかいに、それ以前の「障害分の損害」と、そのあとの「後遺障害分の損害」の2つのカテゴリーに区分されます。
 治療費や通院の交通費、通院の慰謝料などは、「障害分の損害」に分類されます。「症状固定日」を超えて通院治療をつづけていたとしても、その治療費や通院交通費は、加害者(ひいては加害者側損保)に支払義務がありません。
 
 野々村さんの場合、整形外科の後遺障害診断書によれば、交通事故の当日から約10か月ほど経過した時点で、ようやく「症状固定」と診断されています。弁護士の私からみれば、少なくとも医師が「症状固定」と診断した時点までは、相手に治療費の支払い義務があります。家事労働ができなかった休業損害や通院慰謝料も、10か月分は払ってもらわなければなりません。
 
 しかるにY損保の担当者は、婦人のけがについて、「3か月で治る“はず”だ」とか、「3か月で『症状固定』になっている“はず”だ」と決めつけました。具体的には何の根拠もなしにです。この心理的背景には、治療費をはじめとする「傷害分の損害」を、3か月かぎりで打ち切りにしたいとしいう思惑が、Y損保に強く働いているからでした。
 
「医療調査」-3へ続く)
 

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