著 書

交通事故紛争
(文春新書)(2003年刊)

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本書概要

 500万人もの人びとが交通事故にあい、損保との交渉を強いられている。事故のあとの紛争は事故そのものにもまして熾烈。被害者vs損保の火種は、さらに損保vs病院、被害者vs弁護士にまで飛び火する。悔いる加害者、怒る被害者、悩む弁護士、ためらう裁判官。そんな彼らをよそに損保はひとり利益を追求する。保険金を出し渋る損保の論理とは何か? 対抗する戦略は? 損保の内情にも通じた弁護士が描く、正義と欲望の人間ドラマ。

プロローグ・交通事故の救い

 交通事故であったのがせめてもの救いだった。
 そんな感懐をいだくことがあります。犯罪事件や飛行機事故や医療事故でなくてよかったと。
「救いとは不謹慎な。愛児や愛妻をうしなった被害者遺族の気持ちを考えてみろ」
 被害者のご遺族からはこんなお叱りの声が聞こえてきそうです。身内を亡くされた方にとっては、その悲しみは筆舌につくしがたいでしょう。しかし、いわれなき凶刀に斃れたり、整備不良の飛行機が墜落して低額の補償金で頭打ちにされたり、病院の杜撰なミスで、助かる生命を死に追いやられたりした場合には、交通事故死よりもさらに大きな憤りと悲しみを感じるのではないでしょうか。不条理感もますます強くならないでしょうか。
 人が死に傷つけられたりした場合、多くの被害者の方々は、もしこのケースが交通事故ではなく、ほかの事件や事故であったならどうなっていたか、ということまで考えるゆとりはもちあわせていません。それはそうでしょう。悲劇に直面した場合、人間はその現実をうけいれることさえなかなかできないのですから。
 でも、被害者や加害者の代理人をつとめる弁護士としての立場でものをみますと、交通事故以外の事案との比較ということをつい考えてしまいます。仕事柄、多種多様のケースを扱うからです。
 交通事故においては、任意保険という資金がプールされている分、加害者の資力ということを心配しなくてすみます。賠償問題を扱ううえでは、これは非常に強みです。加害者にお金がなかったなら、裁判でいくら勝っても加害者からは一銭もとれないのですから。住所不定、無職の犯罪者に傷つけられたりした場合を考えてみて下さい。まず、本人からの補償は期待できません。
 医療事故においては、相手の資金力はさほど心配しなくてすむでしょうが、カルテなどの重要証拠をすべて病院がにぎっているという点で、被害者の立証活動は交通事故よりはるかに困難をきわめます。
 おおかたの交通事故のケースにおいて、資力の心配がいらないということは、あらたな紛争をひき起こしました。賠償金(保険金)を少しでも削りたいと考える損保と、その支払先との紛争です。
 たとえばそれは、被害者vs損保、損保vs病院、被害者vs弁護士であったりします。
 1つの紛争が飛び火して、ニ次紛争が勃発することもあります。
 交通事故の不合理性を指摘する書きものは、学術論文はもとより、マスコミでもずいぶんいろいろでてきました。
 しかしそれらはごく一部のものを除いて、結局は対岸の火事を見るようなまなざしであったように思われます。
 この本では、みなさんをともかく火事の現場にご案内しましょう。火事場では火の粉がどのように舞いあがり、そのなかの人間模様がいかに痛烈かを知っていただくために。
 そして一介の弁護士がいかに闘い、苦悩してきたかをご理解いただくために。

目次

1.水没 ― 故意に田んぼに落としたと疑われて・・・ ―
  • 用水路に車が/車両保険の支払い拒絶/
    保険金請求訴訟/ モラル・ハザードへのこじつけ/
    チェンジレバーの操作ミス/ 損保の隠し玉/
    アンフェアな証拠提出/和解の駆けひき
2.酒 ― 「酒酔い」か「酒気帯び」か ―
  • 自損事故/共済契約/免責条項/一滴の酒でさえも/
    「酒酔い」か「酒気帯び」か/「陳述書」の作文/
    「過換気症候群」「ショック状態」/カルテとの矛盾/
    たいした後遺障害はない!/判決がもたらしたもの

♣ 弁護士のホワイエ 懲罰的慰謝料

3.休業損害 ― 税務申告の15倍の所得で補償? ―
  • 自営業者の過少申告/債務不存在確認訴訟/
    ダンボール一箱の立証/控訴審での攻防/
    和解の試み/高裁判決/仁義なき戦い・松戸篇
4.免責 ― スレ違った2台の過失割合は? ―
  • センターラインオーバー/無理な追い越し?/
    警察への圧力/監督官庁へのたれ込み/
    陸の孤島での闘い/錯視/過失割合の認定基準/
    苦渋の判決

♣ 弁護士のホワイエ 弁護士費用

5.傷跡 ― 男の顔の傷は傷ではない? ―
  • 額の傷/男への差別/時代遅れの後遺障害等級表/
    傷跡についての裁判所の考え方/
    加害者の開き直り/金がない、金がない/
    新たな事件へ
6.塀 ― 壊れた大谷石の塀は全部造り直せ? ―
  • 物損・定番/損保によるレンタカー会社いじめ/
    大谷石の塀/美観の現状回復/新築の壁が/
    沖原さんの憂鬱/コーナーストーン/閑話休題

♣ 弁護士のホワイエ 

7.医療調査 ― 適正な治療費とは? ―
  • 古稀記念旅行/治療費をめぐる対立/
    医療調査、あるいは値切り交渉/期間と単価/
    自由診療と健保診療/Y損保の二枚舌/
    理由なんかどうだっていい/代理人の苦悩
8.示談 ― 一度取り交わした示談は覆せるか ―
  • 示談後の来訪/示談のいきさつ/はめられた!/
    自賠責基準と弁護士会基準/
    弁護士会基準で納得させる道/慰め/再訪

♣ 弁護士のホワイエ 日弁連と紛セ

9.替え玉 ― あて逃げ加害者の供述が一変して・・・ ―
  • あて逃げ/捜査の棚上げ/N損保の投げやり/
    加害者の豹変/無茶苦茶/弁護士解任
10.海外事故 ― 裁判はオーストラリアで? ―
  • シドニーで客死/弁護士からの書簡/
    不法行為地法主義への懐疑/
    共産本国法主義の要求/熾烈な論戦/ロマンス/
    和解の席で

♣ 弁護士のホワイエ パリの運転手

11.量刑 ― 判決ににじみ出た裁判官の苦悩 ―
  • 一審判決/弁護活動の裏事情/実況見分調書/
    目撃者探し/慰謝料の支払い/目撃者の証人喚問/
    高裁の選択
12.保険料 ― 保険レディが立替払いした契約の保険金は? ―
  • バイクの死亡事故/保険料なければ保険金なし/
    保険レディの立場/よけいなことを!/
    保険金請求訴訟/夫婦の亀裂/ふたたび絆を

エピローグ・交通事故の愁い

 被害者は損をする仕組みになっている。
 私はそう思います。立証責任を100%被害者に負わせているからです。加害者に過失があったことと被害者に損害が発生したことを、被害者が証明しなければなりません。被害者の側でこの証明ができませんと、被害者は負けてしまいます。
 加害者の過失は容易に立証できますから、まだよしとしましょう。問題は損害の立証です。
 差額説というのがあります。事故がなければ失わずにすんだであろう状態から、減ってしまった差額を補填するという考え方です。日本の賠償実務では差額説が支配的です。
 この差額を立証するというのは、やさしいようで意外に難しいのです。
 スペイン料理店を経営している女性がいました。彼女の魅力で店は繁盛し、結婚式の二次会や忘年会などパーティーの予約もずいぶん入っていました。ところが彼女が交通事故で入院したとたん、キャンセルがあいつぎました。女主人の彼女がいないのなら、せっかくだが見合わせたいと。
 こういう場合、もし彼女が事故にあわなければ、パーティーや宴会の予約がこんなにあり、収入もこれだけあったはずだということを彼女の側で証明しなければなりません。
お店の予約台帳なども一つの証拠にはなりますが、被害者が書いたものというのは信用力が弱い面があります。
 そこで私などは、パーティーを予約したことと料金はいくらであったかの証明書を、お客様からとりつけて下さいとお願いします。お客様がこころよく証明書を書いて下さればよいのですが、なかには書きたがらない方もいます。書いてもらえませんと、現実には予約が入っていたとしても裁判所に信用してもらえません。結局、差額の立証が十分にできないまま終わります。泣きをみるのは彼女です。
 こういうことはよくあることです。
 この際、立証責任を100%被害者に負わせるのではなく、50%を加害者(損保)に負わせるべきではないかと私は思います。
 損害がどうもでたらしいことを50%程度まで被害者が疎明(「立証」よりは程度の軽い立証)すれば、加害者や損保が、そうではないことを残り50%立証しないかぎり、損害を認めることにしたらいかがでしょうか。
 損害の立証責任を被害者と加害者で50%ずつ分担し、十分な反証をあげられない損保は負けにしたらどうかと思います。損保は豊富な資金力をもとに、調査機関に委嘱して徹底的な調査ができる一方、被害者は立証活動をしたくても体がいうことをきかなかったり、資金が不足していることが多いからです。被害者は損保と対峙した場合、肉体的にも経済的にも弱者なのですから。
 立証責任の分担をこのように五分五分にでもしないかぎり、被害者はほとんどのケースで損を強いられます。「差額」を完璧に立証することは不可能に近いのです。
「正義は人間の美しき夢にすぎない」
 法哲学者のハンス・ケルゼンはこういっています。
 いまのままの制度や考え方では、被害者にとっての正義はいつまでも「美しい夢」で終わるでしょう。
 それを強く感じます。27年間、交通事故の火事場にいた者として。

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