ドッキリ!実話

男のメンツ (1/4)

― 警察を呼ばないとこういう目にあう ―

 ある登り坂で、下から走ってきた乗用車が一台、渋滞車両の最後尾につけた。と、その前に停車していたタクシーがスルスルと後退してきて、乗用車の前の部分に衝突した。乗用車は前のバンパーに凹損が生じたが、タクシーには損傷はなかった。
 乗用車を運転していた西さんが車から降りると、タクシーの運転手である土田氏もいち早く車からでてきて、

「やあ、申し訳ない。サイドブレーキが利かなくて」

 と言った。
 サイドブレーキが利かないなんてそんなばかな、タクシーが車の始業点検もしないで走るわけがないじゃないか、と相手の言うことに不審を感じたが、ともかく土田氏がすんなり非を認めたので、西さんもとりたてて相手を責めるのはやめた。幸い、けがはしていなかった。修理費はたいした金額にはならないだろう。それなら、後日、修理費の見積りがでたらあなたの会社に送るから、と西さんが土田氏に言うと、土田氏も、じゃあ、そうして下さい、と言った。 二人は仕事で急いでもいたので、名刺を交換し、警察に届け出ることもせず、そのまま互いの車に乗って別れた。タクシーには対物保険がついていなかった。西さんの乗っていた乗用車は、勤務先の社有車だったが、車両保険に入っていなかった。どこにでもありそうな軽微な物損事故である。

 一週間ほどして乗用車の修理費の見積り額が約八万円とでたので、西さんの勤める布団の卸問屋F商店では、早速それを土田氏を雇用しているGタクシー会社に請求した。
 すると、先方からは、全額は支払えないと言ってきた。自分の方に100パーセントの責任はないと言うのである。そりゃないだろう?あなたの会社の車が急に後退してきたのだから、お宅に全責任があるのは当然じゃないか、と西さんの上司である総務課長の東さんが電話で詰問すると、相手の上司である砂山氏は、土田氏からはそうは聞いていないと悪びれもせず反論した。
 東さんは四十二歳。曲がったことが大嫌いな性分だった。同僚や部下から煙草を一本譲りうけても、いつかお返しをせずにはいられない律儀な面をもちあわせていた。相手は都内では名の知れたタクシー会社であり、こっちは神田の小さな布団問屋である。ばかにされたのではないかと思うと、東さんはいつになく腹がたった。
 Gタクシー会社の砂山氏は四十九歳。運転手だけで五百人以上を数える中堅以上のタクシー会社の事故係である。
 タクシー会社では、任意保険にまったく入っていないところが多い。タクシーの台数が多くなると、任意保険に加入した場合、年間の支払保険料だけで数千万円、場合によっては数億円に及ぶ。そのため、保険料がもったいないと考える会社では、任意保険に加入しないで、独自に積立金をし、万一事故が発生したときは、事故係が体を張って、賠償金を値切り倒すという姿勢にでるのだった。この事故のタクシー会社は、被害者を泣かせるという意味では、知る人ぞ知る悪名高い会社であった。
 砂山氏は事故係として、被害者との交渉にあたるようになってすでに十八年。その道のベテランである。彼は、長身で細身の体つきにもかかわらず、被害者と交渉した際、あるときは相手のあげ足をとり、あるときはしらを切り、またあるときは強引な理屈で相手をねじ伏せるといった腕力を備えていた。
 東さんは、このままではらちがあかないので、ともかく相手のタクシー会社まで出向いていって、砂山氏にじかに訊いてみることにした。

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