ドッキリ!実話
男のメンツ (2/4)
Gタクシー会社は、荒川に近い、下町の小売店がごちゃごちゃと軒をつらねている一角にあった。Gタクシーという大きな看板が掲げてなければ、地上げされたまま住む人のいなくなったボロ家だと思って、通りすぎたかもしれない。
通された部屋は、穴のあいた黒革の応接セットが置いてあるだけの簡素な作りで、出前でとったらしいラーメンの器が、汚されたまま二つ重ねて放置してあった。
「いったい、お宅の土田さんは何て言ってるんですか」
「乗用車に追突されたと言ってるんです。追突されたが、むこうが悪かったと平謝りに謝るんで、警察にも言わず勘弁してやったんだと」
「冗談じゃない。なんということを」
「じゃあ、うちの車が後退したという証拠でもありますか」
「証拠?そりゃうちの西に訊いてもらえばわかりますよ。私が言うのもなんだが、西は当社でも優秀な社員でしてね。上司に嘘をつくような人間じゃないんです」
「それなら、うちの土田だって同じです。嘘をつくようなタイプじゃないんです」
「じゃ、お宅ではうちに罪をなすりつけようって言うんですか」
思わず激しい口調で東さんはつめよった。相手が後退の事実を知っていながら、故意に追突にすりかえようとしているように思えたからだ。
しかし砂山氏は、急に荒くなった東さんの口調に、紳士がさも驚いたかのように身をのけぞらせて、
「罪をなすりつけるなんてひと聞きが悪い」
「それなら一体、うちの修理費はどうしてくれるんですか」
「まあ、追突なのか後退なのか事実関係が全く食い違う状況ですので、この際、痛み分けということにして、損害の半額を支払うというのが、一番いい方法だと思うんですよ。そちらの損害八万のうちの四万円を払うというわけです」
「それじゃあまるで、うちはペテンにかかったようなもんだ」
しゃべりながら、東さんは自分でも興奮しているのを感じた。
感情的になる被害者には慣れているせいか、砂山氏はことさら眉間にしわを寄せて、鋭い一瞥を東さんに投げると、予定していたシナリオの台詞を読むように、早口でまくしたてた。眉間にしわを寄せたのも、彼にとってはいつものパフォーマンスであったかもしれない。
「ペテンとは何ですかペテンとは。こっちは追突されて、本来なら100対0でお宅が悪いの五分五分に負けてやろうと言ってるんです。これが呑めないっていうんなら、訴訟にもち込んだっていいんですよ」
「なんだその言い草は。そう言うんならこっちだって弁護士たてて徹底的に法廷で争おうじゃないか。・・・ったく。どういう了見してるんだ!」
そう吐き捨てるなり、東さんは荒っぽく椅子を引いて応接室を出た。〈どうせお前ら、裁判なんかにする度胸も金もないくせに、やれるもんならやってみろ〉砂山氏はそう言っているように、東さんには聞こえた。東さんははらわたが煮えくり返ったが、このまま口論をつづけると、自分の方から手を出してしまうのではないかということを、これまでの半生の勘で恐れたのだった。