ドッキリ!実話

替え玉 (4/6)

― 加害者の豹変 ―

 日弁連では当然のことながら、「赤本」や「青本」の基準で慰謝料などを算定します。500万円と100万円では400万円の開きがあります。
 日弁連ではこの開きをつめ、中間的な数字で解決するはずでした。
 ところが、第1回の示談斡旋期日を直前にひかえて、N損保の担当者は思いもかけぬことを伝えてきました。
「事情が変わりました。当社としては、当面、免責を主張させていただきます。従って、保険金もお支払いできません」
 あまりの豹変ぶりにおどろいて理由をただしますと、彼はこういいました。
「運転手の座間味ですが、いまになって加害車両を運転していたのは、自分じゃないっていいだしたんです」
「そんなばかな。彼は当初、警察につかまったとき、自分が赤信号を無視してぶつかったと認めていたじゃありませんか」
「そうなんですが、ここにきて、本当はそうじゃないっていうんです」
 N損保の担当者のいい方も歯切れがよくありません。半信半疑の様子がうかがえます。
「じゃ、どうして事故が起きたっていうんですか」
「事故現場のかなり手前で車を停め、缶ジュースを買うために外にでたそうです。そのとき暴漢に襲われた。自分がひるんだ隙に暴漢は車を盗んで逃走した。だから盗んだ奴が事故を起こしたにちがいない。そういってるようです」
「いってるようですって? 本人から直接聞いたんじゃないんですか」
「実は伊勢崎署から『示談はどうなってるか』と問い合わせがありまして、その際、刑事さんがいうには、横浜地検の副検事が座間味を起訴するため、本人を呼んで調書をとろうとしたところ、自分は替え玉だっていいだしたんだそうです」
「暴漢に襲われて車を盗まれたなんて、みえすいてますよ。嘘に決まってるじゃありませんか」
「……まぁ、座間味のいうのが仮に正しいとしますと、彼は事故報告を正しくしなかったことになりますので、当社としては、告知義務違反で保険金の支払いはお断りするしか……ないという結論に。……保険約款一般条項15条(4)の免責規定に該当するということになります。とりあえず当社としましては、座間味のいうことを信用するしかないものですから……」
 いい気なものです。みえみえの嘘でも保険金支払い拒絶の格好の根拠になるなら、信用するふりをする。お金をださずにすむなら理由なんかなんでもいい。座間味が座間味ならN損保もN損保です。狐と狸のばかしあいの様相を呈してきました。
 真犯人がほかにいるのに、自分が身替りになる。この行為は刑法第103条の犯人隠避罪にあたります。真犯人を隠したことになるからです。そのことを座間味自身、知っているのかどうかわかりませんが、この期におよんで往生際のわるい野郎です。
 横浜地検の担当の副検事に私は電話できいてみました。
 副検事はいいます。
「座間味の奴、刑事処分が急に怖くなって、あんなことをいいだしたんだと思うんですがね」
「公判請求するんですか、それとも略式ですか」
「あて逃げしたうえに被害者のけがも重いですから、当然公判請求を考えています」
 公判請求というのは、公判を開く通常の裁判を求めることをいいます。地裁に起訴します。
 業務上過失傷害罪と道交法違反が加わりますから、執行猶予がつくかどうかはともかく、科せられる刑罰は懲役です。ちなみに略式というのは略式起訴のことで、簡裁に起訴します。書面審査で、この場合には罰金ですみます。
「暴漢に襲われたとかいっているそうですね」
「ええ」
「そうであるなら、彼がかかった病院の医師に照会すれば、襲われてけがをしたのか交通事故でけがをしたのか、はっきりするんじゃありませんか」
「実はもう照会をして、医師から回答がきています」
「ドクターは何と?」
「交通事故で肩を負傷したとカルテには書いてあるそうです。初診時に本人が述べたとおり書いたのですから、まず間違いないでしょう。それに現場には座間味の手帳と診察券も落ちていましたしね。本人は実況見分にも立ち会っています。そのときの現場での指示説明や現場まできた経路の説明なども不自然なところはないんですよ」
「情況証拠だけでなく物証もそろっているんですから、起訴に持ち込めるじゃありませんか。この人物はあて逃げをしておいて今度は替え玉だといいはるんですから、相当のワルですよ。あくまでも替え玉だというのなら、座間味自身に犯人隠避罪の嫌疑がかけられるでしょ」
「そうなんですよ」
「犯人隠避罪での逮捕をちらつかせて、交通事故を自白させてはいかがでしょう」
「それもやっています。それでも『自分じゃない』とまだあいつはいいはるんですよ。私は座間味が加害者に間違いないと思ってますがね。ともかく伊勢崎署に再捜査させていますので、もう少し待ってくれませんか」
 副検事と押し問答をしていてもらちがあきません。
 N損保が座間味の言い分を採用して免責を主張し、保険金を払わないということですと、日弁連交通事故相談センターで解決をはかるのは断念しなければならなくなります。同センターは話合いを前提にするものであり、センターの弁護士が座間味に責任があると考えたとしても、N損保に支払いを強制することができないからです。
 このうえは、沼さんを説得して東京地裁に提訴するしかない状況に私は追いこまれました。

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