ドッキリ!実話

替え玉 (3/6)

― N損保の投げやり ―

 後遺障害が認定されなかったのは気の毒でしたが、それならそれで傷害分の損害をきちんと請求しなければなりません。
 私は、500万円あまりを相手方のN損保に請求しました。1年間、タクシーの乗務員としての仕事ができなかったことによる休業損害と、入通院慰謝料や治療費、通院交通費などを積算していきますと、必然的に500万円以上になります。
 N損保は座間味の車両の保険会社です。2週間ほどして、N損保の担当者から回答が寄せられました。100万円しか支払えないと書いてあります。
 なぜこんなに金額のへだたりが生じるのか。
 N損保では、沼さんの治療費の一部を「治療の必要はなかった」などと決めつけて勝手にカットしたうえ、休業損害の算定の基礎となる休業期間を、当方の計算の4分の1に短縮したからです。つまり、沼さんの場合、約一年間通院しましたが、最初の100日ぐらいは入院したりして働けなかったとしても、それ以降は無理すれば働けたはずだ。だから休損は最初の100日分しか認めない。こういう理屈です。入通院の慰謝料も私の要求額を大幅に削り、弁護士会基準(いわゆる「赤本」、または「青本」の基準)ではなく自社の任意保険基準でしかだしてきませんでした。
 500万円の要求に対し100万円の提示ですから、話がまとまるわけがありません。
 N損保の担当者も、沼さんに弁護士がついているかぎり、この提示額では到底話がつかないことは予想していたでしょう。
「こんな数字ではとても納得してもらえないでしょうから、あとは訴訟でもなんでも勝手にやって下さい。判決がでればそれに従いますから」
 担当者は私にそういいました。実はこのような投げやりないい方、考え方は、N損保にかぎらず多くの損保や共済に共通したものです。被害者が満足するような高額を提示すれば示談はしやすい。でもそれでは、担当者の自分が上司からしかられる。上司は本社のお偉がたから怒られる。そんなことをするくらいなら、最終的に裁判で高くついたとしても、その方がましなのです。お金をかけて弁護士を代理人にたて、闘った結果、遅延損害金や相手の弁護士費用の一部まで支払わされるはめになったとしても、担当者の責任ではないといえるからです。気の弱い被害者なら泣き寝入りしてくれますので、もっけの幸いです。
 損保の担当者のきびしい査定の裏には、自分の保身、訴訟にもちこんでもらうことへの期待と自分の責任逃れ、被害者の泣き寝入りによる示談への期待といった感情が、複雑にからみあっています。企業という組織のなかで使われているサラリーマンの方にとっては、そのような選択しかとれないのかもしれませんが、被害者の代理人としては決して気持ちのいいものではありません。
 私は沼さんと協議し、日弁連交通事故相談センターへ示談斡旋を申立てることにしました。訴訟をするということには彼が消極的で、早期解決を望んだからです。

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