ドッキリ!実話
示談後の悔し涙 (6/7)
― 慰め ―
茫然と示談書を見つめたまま、彼は言葉を失っていました。
「示談書にサインをなさる前にお越しいただければよかったのですが……」
「……示談をやり直すということはできないものでしょうか」
「すでに示談金も払われているので無理でしょうね。……本来もらえるはずの額の10分の1ぐらいの低額で、無理やり示談書にサインさせられたというのなら、『強迫』とか『錯誤』を理由に示談契約を取消したり無効にしたりすることも、まあ理屈としては考えられないわけではありませんが、……その場合でも、その主張が通る確率は非常に少ないと思います。今回はお宅さまが基準を知らなかったとはいえ、金額そのものは納得のうえサインしたわけでしょうから……もうどうにもならないでしょうね」
お気の毒だとは思いながらも、私は正直にそう説明するしかありませんでした。テーブルをはさんだ相談者が目の前でしょげていくのを見るのは、弁護士としてもつらいものがあります。
「でも将来、予期せぬ後遺障害がでてきたときは、その分は別途協議できますよ」
せめてもの慰めを与えたいと私は思いました。
「はっ?」
「息子さんの後遺障害等級は12級でしたね。でも万一それ以上の後遺障害がでてしまった場合には、その時点で再度自賠責保険会社に等級の見直しを求める道はあります。その結果、もし12級より上の等級が認定されれば12級との差額が自賠責保険より支払われます。そういう場合、その差額だけでは十分な補償ではありません。そこで自賠責だけでは足らない分を任意保険のT損保に請求することは可能です。その意味では、息子さんの後遺障害が思いがけない方向にでてしまった場合、まだ救済される余地はあります」
男性は少し安堵の表情をのぞかせました。